学校のすべり台

あのモンスターで、高くて、ながいすべり台。

いつごろに取り壊しになったのだろう。

記憶があいまいでふわふわしていて、存在していた時間軸すらよくわからなくなっている。小学校の何年生くらいまであったのだろう?卒業後に壊されたのだっけ?あったのだかどうか都市伝説級に不確かな記憶になってしまった。

そのすべり台は、僕が小学校に入学した当初はたしかにあった。

一年生のときなんてあまり、校庭のすみずみまで行ったりきたりしなかったものだから、あまり校内の遊具にはくわしくはなかった。

それでも、あのすべり台の存在感は、ばつぐんだった気がする。

最初のうちはあれがすべり台だなんて気づかなかった。あんなに恐ろしく高いところからすべるところがあるなんて別の用途だろうと思っていた。すべり台っぽいのだけどすべり台には使わないだろうと思っていた。

上級生がいたために、すべり台のうえから下をみてみるということは、さいしょはなかったがこわさは想像できた。想像で仮想的にあの視点に立ってみればよくわかる。

そんなとき、ひとりの女の子がうえからすべりおりてきた。

うわっと思った。なんというか下からみていながら、僕が失神しそうだった。よくわからないが、女の子は楽しんでいたかもしれないのに、僕は女の子のすべる様子をみて、間接的に恐怖を体験してしまった。

それからというもの、よくわからない心境だが、すべっている人をみるのが楽しみになってしまった。やめなよ~と思うのだが、みていると面白いのだ。本人たちは楽しんでいるはずなのに、なぜ、自ら怖いと気持ちいいと勇気の試練がまざったようなところへいって、自分を試すのだろうと思った。

そんな挑戦的な、少年少女をみているのが楽しかった。

そして、少しはすべってみようと思ったときがあった。

のぼってみると、その位置はとても高かった。すべりだしのスタート地点。そのへんをすこしみてみる気がなぜかわいた。周りに人がいないうちになんて思っていってみた。やっぱ、これむり、と降りようとしたら、上級生の女の子がやってきた。耳が聞こえない僕は女の子がすべり台のほうへ指差すと首を振った。たぶん、行かないの?とでも言ったのだろう。

もしかしたら、すべっていい?って聞いたのかもしれないが、僕は逃げるようにその場を後にした。

しばらくたつと、そのすべり台はとりこわされた。耳の聞こえない僕は朝の朝礼なんて聞いたためしがないから、なぜ取り壊されたのかはわからないが、たぶん、きっと大人の政治がおおきく働いたのだろう。

結局、すべったところは下からすこしのぼれるくらいのところからだったが、すべり台がなくなってみると学校のシンボルがなくなったようですこし寂しかった。

聞こえは悪いが、たしか、あのすべり台は「おおやますべり台」とよばれていた気がする。漢字で書くと大山滑り台なのだろうか?

by響摩そら
(Hibima Sora)

響摩そらの小説について。 



ほんとうに大切なものを教えてくれる
不思議で温かな物語

心を閉ざしていたコースケは
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著者プロフィール(響摩そら)
1978年02月26日生まれ、群馬県出身。
2歳半の頃、重度の肺炎を患い右耳の聴力を失い、左耳に残ったわずかな聴力を補聴器で補う。
聴覚のハンデを負いながらも、小、中、高と普通クラスに進学、卒業。
その後、農業専門校へ進むも中退。
心の病、ひきこもり、フリーターを経て職につくも、聴覚障害による業務などのコミュニケーションの壁にぶつかり挫折。
自分自身の進むべき道や障害を持つ者としての在り方を問うなか、あとりえBirdplanning.comを立ち上げ、のちにあとりえひびまそらと改名し今日に至る。

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