よく晴れた日、ぼくらは梅の木のところへ出かけた。
どういうきっかけで、そういうところへでかけたのか、よくは覚えていないが少なくとも僕はターザンのつもりでその場所へ向かった。
どうちゅう、カニをとったり、とかげをつかまえたりした。
あのころ、サワガニはたべられるからまだよかったものの、トカゲなんていう生き物にはきょうみはなかった。食べられないから興味がないわけではなく、むしろトカゲのデザインは小さな子供心にはカッコいいけれど、いちばん気になっていたのはターザンタイヤだった。
いまでも、トカゲはカッコいいと思うが、さすがにあれは子供のころ、食のたいしょうという野性のちからが目覚めなくて良かったと思う。
にたようなものにヘビというものがある。あれは今でもこわい。きょうふで後ろに転ぶくらい怖い。どっかの陸軍の屈強な者たちはヘビやトカゲやカエルを食らうと、きくがまだまだ、僕にはまねはできない。
デザイン性が良いものをしとめ、怖いひも状のものにはむかい、ぴょんぴょんはねるおもしろい生き物はこの世の野性が目覚めるしかないサバイバルな状況にならないと食べる気はしないかもしれない。料理の仕方はわかりそうな気がするが普通の世界がさらに平和な世界となり、こころ休まる日々が永遠に続いていくことを祈りたい。
そういえば、あのころもそう思っていた気がする。
ターザンの場所、梅の木のところについたとき。ヘビの争いはないか、トカゲはバッタを食べていないか、カエルは鳴いてないかまわりを観察し平和を確認していた。
だいたい、こういう平和主義の温厚な少年がタイヤに乗ってヤー!!っと遊ぶわけがないがターザンごっこは好きだった。
梅の枝からいっぽんのロープでつるされたタイヤでターザンごっこをやるのだが、ぼくが地上の専任要員になったのにはわけがある。
タイヤからの飛び降りがうまくできなかったのもあるが、降りるタイミングがどういうわけかつかめず、着地後、ブーメランのようにタイヤがもどってきた。しょうとつがさけられず体ごと地面になげだされ、自分の運動神経のなさにショックを受けた。
当時は運動神経なんて言葉は知らなかったが。ターザンではないことを思い知った。
この頃の思い出は、ブーメランのようにもどってきて僕に作用し、僕を不思議に形成している。ああ、大切な思い出である。
by響摩そら
(Hibima Sora)
響摩そらの小説について。
ほんとうに大切なものを教えてくれる
不思議で温かな物語
心を閉ざしていたコースケは
ハルカに連れられて高台の広葉樹のもとへ
秘密の箱
記憶
キーホルダー
目覚め
人生において大切なことは
人によって違うかもしれない
しかし、この、ささいでも大切なことが
奇跡を起こし人生に希望を与えるのだと
私は信じたい
小説 一本の広葉樹 響摩そら/著 文芸社刊は
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著者プロフィール(響摩そら)
1978年02月26日生まれ、群馬県出身。
2歳半の頃、重度の肺炎を患い右耳の聴力を失い、左耳に残ったわずかな聴力を補聴器で補う。
聴覚のハンデを負いながらも、小、中、高と普通クラスに進学、卒業。
その後、農業専門校へ進むも中退。
心の病、ひきこもり、フリーターを経て職につくも、聴覚障害による業務などのコミュニケーションの壁にぶつかり挫折。
自分自身の進むべき道や障害を持つ者としての在り方を問うなか、あとりえBirdplanning.comを立ち上げ、のちにあとりえひびまそらと改名し今日に至る。