昔、うちにはいくつものたんぼがあった。
借りていた田んぼがほとんどだったが、幼い僕ら兄弟のかっこうの遊び場になっていた。両親や祖父母につれられ、たんぼにいき近くに流れる小川や川でゲンゴロウやヤゴ、ちいさな魚などをつかまえたりするのがとても好きだった。
あの頃に比べれば、川遊びはあまり興味はなくなってしまったが釣りだけは今でも楽しみのひとつだ。
はるかに広がる田園風景の中で僕は、祖父の軽トラックの荷台に寝転がり、ときどき遠い宇宙におもいをはせていた。
宇宙人はいるのだろうか?地球みたいな星はほかにもあるのだろうか?流れ星の本当の姿はなんだろうか?なんて、宇宙に興味を持つ小さな科学者だった。
たんなる空想上の探求にすぎないが、思考をめぐらせ思いをめぐらせ、考えた末の発見にいたっては、「そうかもしれない!」などと嬉しくなり、喜んでいた。
本物の科学者のように検証や考察、証明実験などせずにただただ、科学という空想の世界に遊ぶのが好きだった。
霊的な世界に興味を持ち始めると、科学的な説明が出来るのかどうかよりも、まずなんなんだこれはと僕の知っている科学では説明できにくそうなことにすこしだけ混乱したりした。
起こっている現象から法則や中身を探って調べて、現象の名前がついてきたのが科学なんだから、霊的なことにも新しく名前をつければいいじゃないか。なんて思ったりして過ごした。
幽霊は作れるのではないだろうか?足がないと幽霊なのか?幽霊って何のかたまりだろう?とか疑問に思ったりしていた。
大人になった今、みえなくもないが、物質科学ではまだ解明されていないものもあるのだから、それと同じように謎として、まぁちょっとは科学的にあつかってみるとおもしろいだろうなぁと思う。
エネルギーを感じることは感じる。みえるときもある。じゃ、ほんとうはこれってなんだろう?というのが僕のスタンスである。
なんだか、話があっちこっちに脱線した。
随筆のつれづれなるままの面白いところである。
広大な田園風景の宇宙の中で、ただ、ひとつだけいえることは私は生きているということだけである。
ああ不思議だ。たんなる物質に分解すると有機物とちょっとしたミネラルの集まりの体なのになぜ、意識があるのだろうな。
いちばんの七不思議である。
by響摩そら
(Hibima Sora)
響摩そらの小説について。
ほんとうに大切なものを教えてくれる
不思議で温かな物語
心を閉ざしていたコースケは
ハルカに連れられて高台の広葉樹のもとへ
秘密の箱
記憶
キーホルダー
目覚め
人生において大切なことは
人によって違うかもしれない
しかし、この、ささいでも大切なことが
奇跡を起こし人生に希望を与えるのだと
私は信じたい
小説 一本の広葉樹 響摩そら/著 文芸社刊は
amazonにて注文受付中です。
著者プロフィール(響摩そら)
1978年02月26日生まれ、群馬県出身。
2歳半の頃、重度の肺炎を患い右耳の聴力を失い、左耳に残ったわずかな聴力を補聴器で補う。
聴覚のハンデを負いながらも、小、中、高と普通クラスに進学、卒業。
その後、農業専門校へ進むも中退。
心の病、ひきこもり、フリーターを経て職につくも、聴覚障害による業務などのコミュニケーションの壁にぶつかり挫折。
自分自身の進むべき道や障害を持つ者としての在り方を問うなか、あとりえBirdplanning.comを立ち上げ、のちにあとりえひびまそらと改名し今日に至る。