T.タオ4
いかなるときも戦わず。
そして、いかなるときも私は逃げない。
こんな在り方を私はしばらく続けていた。
絶え間ないときの中で私はみずからを見出そうと、常に私と対話を続けていた。私としての領分はどこにあるのか。
わからない。わからない。その繰り返しであった。
時がすぎ、水芭蕉が咲き、桜が散ったころ。ひとつの出会いがあった。あの少年との出会いは私にひとすじの光をみせてくれた。
私はさまざまな質問を受けた。ささいなことから大自然の仕組みまで、その少年の好奇心は多岐に渡った。
そんな時、私は思った。
なぜ?
この問いは重要なのだろうか。問いに答えはあるのか。私にはわからなかった。しかし、少年は少しも私の答えに疑問を持たず、目を輝かせ聞いていた。
答えというものは、浮雲のようなもので、はかなく消えていく。そして、しばらくたつと別の疑問がわいてくる。なぜだろう。
私はひとつの樹齢を終えるたびに一本の広葉樹として、帰るべき世界に答えを持ち帰った。そして、そこで得られる答えあわせは、やはりあってないようなものである。同時に存在し同時に存在しない。そんなことわかるはずがない。道理で説明はできるだろう。
でも、しかしそれはあってないようなものなのだ。概念を変えたときそれは存在するのか?
存在する。概念が変わっても現象自体はあるからだ。いつもこのことに悩む。そして、行き着く先はいつもありのままに受け入れる。それだけしかないことをさとる。
しかし、この考えることは私自身を常に高みに導いた。季節がめぐるとき、そのたびに私は自分らしくいられることに気づいた。
ありのままにあるがままにただ受け入れる。ああ・・とその現象を見る。花が咲いた。鳥が飛んだ。朝がやってきた。そこになぜ?は、いるのだろうか。必要ないのではないか。ただそれを感じる。
ただ、それを感じるために私は生きている。
by響摩そら
(Hibima Sora)
作者コメント:
これは、続編があるのでしょうか?
作者である私にさえわからない。笑
なんせ仙人の手記なので。
日記や手記って書いたり書かなかったりって、多分、普通でしょ?笑
水芭蕉が咲き、桜が散るころって、時季的に一致するのでしょうか?
私にはわからない。笑
響摩そらの小説について。
ほんとうに大切なものを教えてくれる
不思議で温かな物語
心を閉ざしていたコースケは
ハルカに連れられて高台の広葉樹のもとへ
秘密の箱
記憶
キーホルダー
目覚め
人生において大切なことは
人によって違うかもしれない
しかし、この、ささいでも大切なことが
奇跡を起こし人生に希望を与えるのだと
私は信じたい
小説 一本の広葉樹 響摩そら/著 文芸社刊は
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著者プロフィール(響摩そら)
1978年02月26日生まれ、群馬県出身。
2歳半の頃、重度の肺炎を患い右耳の聴力を失い、左耳に残ったわずかな聴力を補聴器で補う。
聴覚のハンデを負いながらも、小、中、高と普通クラスに進学、卒業。
その後、農業専門校へ進むも中退。
心の病、ひきこもり、フリーターを経て職につくも、聴覚障害による業務などのコミュニケーションの壁にぶつかり挫折。
自分自身の進むべき道や障害を持つ者としての在り方を問うなか、あとりえBirdplanning.comを立ち上げ、のちにあとりえひびまそらと改名し今日に至る。